それから数日、月夜は何事もなかったように学校に行って毎日を過ごしていた。たまに
妊娠休みかと三馬鹿の一人、他クラスである栄治が月夜のクラスの中に入ってきて担任に
つまみ出されたりと、夕香がいなくなった以外は何も代わりのない学校生活を送っていた。
 和弥だけが月夜の異変に気づいている様だった。たまに眉をひそめ口を開きかけるが、
あえて何も言わずに月夜を見ていた。
「月夜」
 放課後、珍しく和弥が話しかけてきた。首を傾げるとそこまで一緒に帰らないかと誘わ
れ、月夜は気づいていたのかと溜め息をついて頷いてかばんを持った。
 学校をでてしばらく歩いて近くにあるコンビニによって買い食いしてコンビニの脇にた
まった。
「で、姐さんは?」
 早速本題に移られて月夜は深く溜め息をついた。買った缶コーヒーに口をつけてから口
を開いた。
「行方不明。……魂だけどこかに連れて行かれた」
「何で」
「知らん。誰がやったかもわからないんだ。とりあえず、体だけ異界の神のところにおい
てもらっているが、あと、一週間持つかどうからしい。魂がなければ体は長く生きられな
いからな」
 和弥の眉が寄った。首を傾げて理解しようと脳をフル回転させているらしい和弥にいく
らか砕いた説明をすると理解できたらしい。他の三馬鹿ならばここまで理解の速さはない
だろう。
「じゃあ、用は魂が抜けて体は死にかけているのか?」
「ああ。それに、魂がどこに行ったかわからないからな。仕様もないんだ。……そんで、
俺は待機状態。部屋に篭ってても暇で死にそうだから学校に来ていると」
 へえと頷いて和弥はそれを自分のみに置き換えて考えてみようとした。用は、自分の好
きな人が、深華が死に掛けているという事だろう。ここまで平静ではいられないなと思っ
て目を伏せた。
「……いま、取り乱しても、あいつが戻るわけじゃないんだ。取り乱すだけ無駄な労力な
んだよ」
 その思考を読んだらしく月夜は肩をすくめて行った。握った拳が微かに震えている。
「俺だって怖いさ。……でも、他人に当たるような馬鹿はしたくねえんだよ。これは俺の
私事だ。関係もないやつにそんなこと言っても意味ないだろ。……それに、あの時、引き
止められなかったのは俺だ。全て俺の責任なんだ。無意味な事はしない主義だろ、俺は」
 自嘲まみれのその言葉に和弥は深く溜め息をついた。月夜はコーヒーを煽って全て飲み
干したのか、缶を握りつぶした。
「よく握りつぶせるな」
「いや、それなりに鍛えているから」
 片手で見事にひしゃげたものを見て肩をすくめた月夜は電線の上にいる鳩に気づいた。
片手を挙げて鳩が留まれるように人差し指と中指を軽く伸ばしていると鳩が月夜の手に留
まった。
「鳩使いっ」
「じゃねえよ、式神だ」
 ポンと音を立てて紙に変わった鳩をとって紙に書かれた文字を読んで月夜の顔色がうせ
た。
「どうした?」
「……今日は、家をでるなよ。とりあえず送る」
 油断なく辺りを見回す月夜をみて和弥は頷いた。和弥が前を歩き月夜が後ろを歩いた。
そして和弥の家まで送った月夜は部屋に戻り制服のまま教官の執務室に向かった。
「失礼します」
「藺藤。どうした」
 顔色の失せた顔を見せられては誰もがそう思うだろう。異様な雰囲気に教官は眉を寄せ
て月夜が持っている紙に目を向けてそこに漂う霊力の種類に目を見開いた。
「白空からです。招待状と書いてありますが……」
 教官に渡して文面を見せて言葉を待った。招待状と書かれたふざけた脅迫状の文面には
日時と場所が書いてあった。
「行ったほうがいいでしょうか?」
 その瞳には強い光がある。止めても行くつもりだろう。昔から頑固なところがあったな
と回想して教官は溜め息をついた。
「止めても行くつもりだろう。……白空のことだ、何か仕組んでいるのかもしれない。夕
香が精神体である以上、お前も肉体以外のダメージを受けるかもしれない。意味、わかる
な?」
「……水神の元に行き、体をそこにおきます。……それじゃあ?」
「危険すぎる。……ありがたく思えよ」
 教官は自分が身につけていた水晶の数珠を月夜の放ってよこした。月夜は片手でそれを
取って目を丸くさせて教官を見た。
「教官?」
「その代わり、日向をきちんと連れ戻せ」
 はっきり告げてやると月夜は深く頭垂れて部屋を出て行った。
 その背を教官は何も言わずに見送って溜め息をついた。いきなり雰囲気が替わった月夜
にそろそろ潮時かと溜め息混じりにもらすと引き出しに隠してある桐の箱に入った飴玉ぐ
らいの小さな水晶玉を見た。
「…………」
 それを手には取らずに桐の箱をぐっと握って目を閉じて額に押し付けた。
「これで良いのかい、優也――」



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